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NSCJの活動をご支援いただきありがとうございました。

2017.11.04
こんにちは。

平素NSCJの活動をご支援いただきまして、まことにありがとうございます。

今日は、NSCJのこれまでの活動の総括と今後のあり方についてご報告がございます。

NSCJの今後のあり方を考えなければならないと思った理由は3つあります。

 

(1)現地を取り巻く経済環境が大きく変わってきて、現地の人々のニーズも変わってきていること。

(2)NSCJの当初の支援目的が、一定の達成をみたこと。

(3)現地の多様なニーズに対応するには、支援のあり方を再検討しなければならないこと。

 

弊NPO団体 NSCJでは、上記のような状況の変化にどう対応するべきか、カンボジア側のパートナーNGOのNSCとともに、今後の方針について協議しました。

私たちの活動の原点であり、目的は -〈カンボジアの地雷原で明日の生活に苦しむ地雷被害者家族が経済的に自立できるように、手をたずさえあって、地雷原の青空のような大きな笑顔を仲間に広げて行きましょう 〉というものでした。

協議の結果、この当初の目標は現在、すでにある程度達成し、カンボジアの仲間たちの活動が、今、新しいステージを迎えようとしている - という現状認識で見解が一致しました。

そして、ここまで達成できたのは、ひとえに、これまでずっとご支援、ご寄付頂いてきた日本の支援者のみなさまのおかげだと、カンボジアと日本の関係者一同、改めてみなさまへ感謝の気持ちで、想いが一つになりました。

こうした現状認識のもと、私たちは、今は一度きっちり活動に区切りをつけるべき時に来ているという判断で一致し、NPO としてのNSCJを年内に解散する方針を決めました。突然のご報告となりましたが、なにとぞ、ご了承いただけますよう、お願い申し上げます。

これまでご寄付やイベントへの参加、商品のご購入、ツアーへの参加、そして何よりあたたかいお声を通して頂いてきたみなさまのご支援は、地雷被害者家族のみなさんへの月々の生活支援など、村の復興支援に充てさせていただいてきました。

NSC会長のラスメイさんから、「NSC一同を代表して、みなさまのこれまでのとても親切な支援に、感謝の意を述べさせていただきます。これからもぜひNSCを応援してください!」というみなさまへの謝辞が送られてきています。

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おもえば、あっという間に、8年間が過ぎて行ったように感じられます。
2007年にカンボジアでのNGO団体: NSC (Nature Saves Cambodia)が設立され、2009年に日本からの支援団体として、NPO法人:NSCJ(Nature Saves Cambodia- Japan / (旧)地雷原を綿畑に)を立ち上げました。それからとてもたくさんのことがありました。

2009年、私たちは地雷原の村バダクで、4ヘクタールの土地を取得し、地雷を除去し、カンボジアのNSCに寄付しました。

土地を失い、自給自足もできず、行き場のない人たちの生きる拠点になればという願いを込めて、みんなでこの畑を「希望の畑」と呼びました。

長い戦乱で地雷原となってしまった地域は、昔は有数の綿の栽培地として知られていました。それがすっかり廃れ、カンボジアでのコットン生産は途絶えていました。

そのコットンの栽培を復活させてみよう。

ほわほわのわたを、平和のシンボルとして、地雷原のただ中に育ててみよう。

そんな想いから、地雷被害者家族のみなさんが中心になって、コットン栽培が始まりました。

そして今日まで8年間、コットンが栽培され続けてきました。年間最大で5トンの綿花が収穫されてきました。
この間、NSCのコットンはカンボジアのオーガニック農業協会によるオーガニック認証を得て、カンボジアで初めてのオーガニック・コットン生産に成功しました。
また、2016年には、日本のみなさまの寄付でタイからローラー式のジニング・マシーンを導入し、これから少量ながら原綿輸出の試みが始まります。

この8年の間に時代は変わり、バダク村周辺の地域での地雷除去が進み、地域一帯は基本的には安全となりました。しかし経済格差はむしろ広がる一方です。
そんなカンボジアの転換期に、NSCJの活動は、バダクでの地雷被害者家族を中心に、あわせて30人ほどの人たちの生活に寄与してきました。

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一方で私たちは、コットン生産に付加価値を付けるために、栽培と並行して、戦乱のさなかにカンボジアで廃れてしまったコットンの手紡ぎ手織り工芸を復活させる活動にも取り組みました。若い頃に手紡ぎをやっていたことがあるという数人のおばあちゃんたちが中心になって、長い試行錯誤の末に、昔ながらのコットンの手紡ぎ手織りを実現しました。

スレイサントール村、その後、コーダエ村にNSC工房が作られました。種まきから製品作りまで一貫した手作りの生産サイクルを実現し、独自性の高いNSCブランドが確立しました。

もともと絹織物の産地として知られてきたコーダエ村は、8年前には、絹製品の受注が大幅に減り、厳しい状況に置かれていました。その最中、全く新しい視点のNSCコットン・ブランドの展開は、村に活気を呼び起こすことに成功しました。

日本のバイヤーの顧客が生まれ、カンボジア国内での製品販売網が徐々に拡充し、その名が広く知られるようになりました。

糸の手紡ぎを担当するのは長い戦乱を生き延びて来た逞しいおばあちゃんたちです。元気で陽気なおばあちゃんたちは一躍人気者となり、カンボジアでの全国名産品展示会で糸紡ぎの実演に呼ばれたりするようになりました。

織り手の女性のみなさんは、少しでも豊かになって、子どもたちを幸せにしたいと、ひたむきに働き続けて来ました。
工房が出来た当時、村には電気がありませんでした。みんなは、子どもたちが寝てから、発電機で小さな蛍光灯を灯し、夜遅くまで織り続けました。
また、活動によって経済的に余裕が生まれ、幸せな結婚を実現した人もいます。
その時生まれた赤ちゃんは、今では学校に通うようになりました。
これまでNSCJは、コーダエ村のあわせて20人の方々の生活に寄与してきました。その後、村では元来の絹織物の受注も再び増加し、今では安定した経済的活況を享受しています。

こうして、初めはカンボジアと日本とで、手探りの状態で始まった活動でしたが、今では、カンボジア側のNSCが立派に自立して、自らのモチベーションとスキルで、自主的に活動を切り開いて行くようになりました。

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8年間、辛く厳しいことも多くありました。

思い出します。一番最初のころバダク村で出会った、おじいさん。若い頃に綿を栽培して、綿繰りもしていたという地雷被害者の方でした。集まったみんなに器用に綿繰りをしてみせて、「これから私が中心になって綿作りをしていこう」とはりきっていました。
けれど、いよいよ活動が始まる時になると、おじいさんはいなくなっていました。
病気になって、病身のままタイに日雇い労働をしに不法入国し、それっきり行方不明になったということでした。

思い出します。「あの世があるのなら、一度行って、聞いてみたい。なぜ、私たちはこんなに貧しいんだろう?」畑を耕す手を休めて、そう呟いた地雷被害者の方。

思い出します。二度の地雷被害にあって、一家心中も考えたというTさん夫妻のこと。夫婦とも、片足をなくしていました。最後の希望を託して、この活動に参加しました。 活動を通して、Tさん夫妻にすてきな笑顔が生まれるようになりました。

自分たちの飲む水も3キロ離れた池から汲んでこなければならないTさんたち。
ある時、日本から来た私たちの足が、雨季の泥で汚れたことがありました。Tさんたちは、私たちの足を洗うために、その貴重な水を与えてくれました。「いいから、いいから」と言って。
その後、Tさん夫妻は、カンボジアの社会情勢のもと、事情があって、住んでいる所から追い出されました。着の身着のままで。
結局、プノンペンへと去って行きました。今、どうしているか、分かりません。
思い出します。Tさんを何とか救えないかと、みんなが集まって泣いて悲しんでいたときでした。パッションフルーツのようなフルーツの実が、ぼとぼとと上から降って来ました。
みんなが驚いて見上げると、Tさんの養女だったMさんが、いつの間にか大きな木に登って、枝になったフルーツを器用に落としていくのです。

「ちょうど今が、おいしいよ」

Mさんが笑いました。
みんな、笑いました。
笑い声が、青空に登っていきました。

- 小さい時、孤児のMさんはお兄さんと二人で野で暮らしていました。Tさんが見つけて、二人を育ててくれました。お兄さんは、地雷事故で亡くなりました。Tさん夫妻が去って、Mさんは地雷原にひとり残されました。

私たちはMさんのとってくれたフルーツを食べて、畑で祈りました。
Tさんたちが戻って来れるように。戻って来れなくても、幸せになれるように。
ある人が言いました。
「この畑を守ろう。心の砦だから。孫だちが大きくなって『なんだか知らないけど、この畑、昔からずっとあるね』と言う日が来るまで」



畑は守られました。

これからも、この畑がみんなの心のよりどころとして灯り続けるでしょう。
当面は、バダクでは今のチーム・リーダー、サエムさんと、チャンタさんの家族が中心となって、畑での活動が続きます。子どもたちが夢を抱けるような文化支援など、プロジェクトの幅を広げて行きたいと、NSCのみなさんは語っています。
もちろん、NSCでは、手紡ぎ手織りのオーガニック・コットン製品についても、さらに広く世界に知ってもらえるよう、生産活動を続けて行きます。

***

以上のような状況の変化を考慮して、日本側のNPO活動は、ひとまず任務を終了することにしようと、理事会の意見が一致した次第です。今後は何らかの形で、これまでと違ったアプローチで、カンボジアの仲間たちと一緒にプロジェクトを組んで行きたいと考えております。その際は改めてご報告させて頂きます。また、NSCJの決算報告を、追ってまとめてご報告したいと思います。

みなさまにおかれましては今後とも、カンボジアNSCの活動を見守っていただくと同時に、今後の新しい支援のプロジェクトへの応援をお願いしたいと勝手ながら思っております。
長い間、本当にありがとうございました。

 

NSCJ 理事長
山本けんぞう



光あるうちに一緒に歩こう。
歩けば、光は灯り続ける。
そう、光は前進だから。
この一歩と一歩がまたひとつ
あしたの小さな星になる。
カンボジアの仲間たちに
たくさんの幸せが降りますように!

 

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